渡り鳥はどのようにして方角を知るのか

June 2nd 2021
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渡り鳥はどのようにして方角を知るのか

 渡り鳥がどのようにして方角を知るかについては長い間謎でした。ランドマークや地形の特徴、太陽の位置などを用いているのではないかという研究も多くなされてきました。でもそれだけでは夜間に方角を間違えずに飛べる説明にはなりません。多分鳥の中に磁針のようなものがあって地球の地磁気を感知して利用しているのだろうと考えられてきました。そして鳥類だけでなく、ウミガメ、魚類、甲殻類、昆虫など、さまざまな動物が長距離のナビゲーションに地磁気を利用しているだろうことはわかってきましたが、その具体的なメカニズムはこれまで謎に包まれていました。

 1980年ころ、鳩の頭部に磁性物質らしきものが発見されて、謎は解明に進んだかに見えました。この物質はマグネタイト(磁鉄鉱)だと思われ、磁気を帯びて筋紡錘を刺激し、地磁気の検出器として働くと推測されました。研究は進み、鳥では上嘴にマグネタイトを含むニューロン樹状突起からなる磁気感知系があり、磁場を使って航路を決める能力はこれに依っていると考えられるようになってきました。
 しかしその説はすこしばかり破綻を見せます、鳩の嘴にある鉄を豊富に含むその細胞について科学者たちが解析した所、これらの細胞は実際はただのマクロファージであって、考えられてきたような磁気感受性ニューロンではないということがわかったのです。鉄を多く含むマクロファージは特に珍しいものでもありません。(*1)


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⇒ある人たちの説によると、鳩は電子機械で出来ているそうです。そして空からいつも私達を監視しています。方角を知るのはもちろんGPS。証拠? だって電線に止まって足から充電しているのよくみかけるでしょ。


 そこでもう一つの仮説が注目されることになります。この説では渡り鳥の網膜に存在するクリプトクロームと呼ばれるタンパク質が鍵となります。クリプトクロームが光を受けてある物質が作られます。その物質の作られ方は地磁気に影響されます。その物質に反応するセンサーを鳥は持っていて地磁気の角度を感知しているのではないかという説です。しかし、これらのタンパク質が地球の極めて弱い磁場を検出するのに必要な磁気感度と物理的特性を本当に備えているかどうかは、これまで証明されていませんでした。
 そして最新の研究で、その過程には量子力学でのみ説明できる不思議な量子の振る舞いが関係していることがわかってきたのです。
少し詳しく述べていきましょう。

 クリプロクロームは青色のタンパク質分子です。クリプトクロームが光を受けて電子を一つはじき出します。通常分子のもつ電子は偶数ですが、はじき出せれた電子が近くの別の分子と合流すると奇数の電子を持つ分子が2つ出来ることになり、ラジカルペアーと呼ばれる状態が生じます。「ラジカル」は遊離基と呼ばれているもので奇数個の電子を持ち、多くの化学反応で重要な役を果たします。それは紫外線をはじめとするさまざまな方法で誘発され、身近なところでは日焼けの原因は紫外線によるラジカルの生成によるものです。 ただこのラジカルのペアーはすこし変わっています。対になる電子がはじき出されてできたものですから、はじき出された電子と残った電子とは暫くの間一体として「量子重ねあわせ」の状態を保ち、また「量子もつれ」という名で知られている奇妙な振る舞いをするのです。

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 量子にはスピンという性質があリます。これは量子がミクロの磁石のように振る舞うことから来ています。スピンにはプラスとマイナスそれぞれ方向が異なった2種類があります。複数の電子を持つ分子の中ではプラスマイナス2つの電子は対になって打ち消し合い非磁性体となりますが、ラジカルでは奇数の電子が磁気モーメントを与えるために分子は磁性体になっています。(したがって磁気に影響されます)
 ラジカルペアーの2つの量子スピンの状態には図のように4つの種類があり、向きが反対になるものをシングレット(一重項状態)、他をトリプレット(三重項状態)と呼んでいます。

 クリプトクロームが光励起され作られるラジカルペアのスピンの向きは最初互いに逆で一重項の状態です。しかしこの状態は長くは続かず、外部磁場や核との超微細相互作用を受け、2つの電子のスピンの状態は(↑↑)平行になる状態(三重項)に変化し、あるいは(↓↑)一重項の元に戻り、一秒間に数百万回も一重項状態と三重項状態を行き来し続けます。ほんの僅かの磁気がゼーマン効果と呼ばれている作用によってスピンの向きに影響を与え、一重項状態と三重項状態の現れる割合を変化させます。

 はじき出された電子は他の分子と結合して別の化合物を作りますが、一重項の場合は元の結合と同じように各電子のスピンが逆となるため再結合が起こりやすく、元に戻ることもあります。三重項の状態では新たな分子と結びついて新しい化合物を作ります。  したがって一重項状態と三重項状態の現れる割合の変化で生成される化合物の比率が変わってきます。そしてそれはほんの僅かな磁気の違いに大きく左右されます。
 この生成される物質の微妙な違いが感覚器に作用して鳥は地磁気を感じているのではないかと思われているのです。

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 では鳥は実際にどう磁気を見ているのでしょうか?もうこれは想像でしかないのですが、原因となるタンパク質は網膜に由来するものですし、そのセンサーもイメージを司る脳の部分の近傍です。おそらくは目で見えるように…例えば磁束にそってうっすら景色が明るくなるとか…何かビジュアルな形で捉えているのではないでしょうか?

 

渡り鳥はどうして方角を知るのか (K) 



*1) ただ動物が方向転換する際に体内のマグネタイトの結晶が磁場に沿って配置され、物理的に接触している受容体に作用するという説はそれなりの根拠も得ており、例えばサメの一種ではこのような磁気リセプターがあることは知られています。これにより、方向転換した際の体の向きの変化を知らせることができるかもしれません。鳥の場合も幾つもの方法を併用して方角を知っているのだとも考えられます。